◆高島平の歴史は江戸時代にまでさかのぼり、1841年(天保12年)、この地で砲術家・高島秋帆が日本で初めての洋式砲術と洋式銃陣の公開演習を行った。その後、長らく「徳丸ヶ原」と呼ばれる[1]農作地だったが、1956年(昭和31年)に同地域330ヘクタールを日本住宅公団(現在の都市再生機構)が買収して一大団地を建設する計画を進め、同時に東京都が都心に直結する交通機関(都営地下鉄6号線、現在の都営地下鉄三田線)を整備した。1969年(昭和44年)、高島秋帆にちなんで「高島平」と改称した。