◆新町の名は、この一帯は万治年間に開拓された農地であり世田ヶ谷新町村と名づけられたことに由来する。新町は、1912年から1913年にかけて、東京信託株式会社(現、日本不動産)により、東京初の分譲住宅地と言われる「新町住宅地」の開発が行われた。この時、現在の深沢七丁目・深沢八丁目に当たる開発地の通りにソメイヨシノの並木が設けられた。 桜新町の名称は、昭和7年の玉電の駅名に最初に確認できる。 駅名の由来は、並木である「桜」を拝借し新町に冠し、桜新町と呼称されるようになったのではないか。 なお、近くの府立桜町高女学校(現:桜町高等学校、元:府立11高女学校)は昭和16年から桜町の名称を使っている。 1968年の住居表示実施の際、現在の桜新町の町域を新町から分離、旧町名「新町」に桜を冠して桜新町としたものである。 深沢七丁目・深沢八丁目の桜は、桜のトンネルのようになっている。1933年(昭和8年)の「玉川電車名所図会」に、桜新町電停の南側に「櫻トンネル」の記載が確認できる。 そして・・・昭和期、当地域に漫画『サザエさん』の原作者長谷川町子が居住。国道246号に程近いセブンイレブンは以前は「三河屋」という酒店で、漫画に登場する「三河屋さん」のモデルだった。また、桜新町一丁目の長谷川町子美術館では、『サザエさん』の原画が常設されているほか、長谷川姉妹所蔵の美術収蔵品展示が行われている。桜新町駅と当美術館を結ぶ商店街通りが「サザエさん通り」と名づけられ、公共スペースのあちこちにサザエさんのイラストが施されるなど、「サザエさんの町」として親しまれている。開花時に「さくらまつり」が開催され近隣の日本体育大学のエッサッサが毎年恒例で行われ花を添える。駅前通りの「ヤエザクラの並木」は当地域のシンボル。